わたしの父は繊細で優しい、だけど強いHSPでした。。。

わたしの父はHSPで、若い時分は教師をやっていました。

 

HSCの子育ては決して叱ってはいけない、

叱るのは弱い者をいじめた時、それだけを叱るようにと教えてくれました。

 

 

 

父はいつも食後にお茶を煎れてくれました。

どんなお茶でもびっくりするほど美味しく、

そして水色(すいしょく:湯のみに注がれたお茶の色)も本当に美しくて、

わたしはお茶の時間をとても楽しみにしていました。

 

父は人一倍繊細なHSPだったので、お湯の温度や、茶葉の量、茶器にお湯を入れるタイミングや

湯のみに注ぎ分ける所作の全てに、敏感な神経を使って煎れてくれていたのだと思います。

 

二十年経った今でも、父の表現の一つとしてわたしの中にしっかりと残っています。

ちょっとした所作にもたくさんの表現が込められていたのを鮮明に憶えているのです。

 

あるがまま。

 

これが自分の精一杯なんだと知って、そこからまた始める。

 

自己肯定と自己過信は違う。

あるがまま、といって腑抜けになってはいけない。

 

父が、中二のわたしにくれた言葉です。

 

ゆうこは、頑張れば自分はもっと出来ると思っているんだろ。

案外出来ないものなんだよ。やってみてごらん。

これが自分の精一杯なんだってすぐ分かるから。

 

優しくもあり、なかなかに厳しい言葉です。

温かいけれど手強い父でした。

 

「人の心の分かる人間になれ」とだけ言って、何かをわたしに教えようとはしませんでしたが

わたしは、父は何でも分かっていると思っていたのでいつもすごく安心していました。

 

父は、言葉をとても大切に使いましたから、わたしが深く考えずに話しをするとたちまち厳しい言葉が返ってきました。だから父との対話はいつも真剣勝負でした。

父との語らいを通して、自分自身で問いを立てて、その答えが見つかるまで考え続け、それを表現する力が自然と身につきました。

 

わたしは父の姿に、探求者であるHSPの真骨頂をいつも見ていました。

 

バウンダリーが上手く出来なくて年がら年中泣いているわたしに

「踏まれても踏まれても起きる雑草のように生きろ」

と言って笑ってくれました。