脱皮した後、娘には目力が戻っていた。。。

わたしが思春期の頃は毎日のように「死にたい」って泣いていた。

 

わんわん大声で泣きながら「わたしが『死にたい』と願うのは『生きよう』とする意思の表れなんだってことを、自分に分からせたくて泣いてるんだな」 って、いつもわたしを見つめているもう一人のわたしが側にいた。  

 

「死にたい」っていう自分の声が、「生きたい」って聞こえた。

 

「こんなにもわたしは生きたいんだ」って感じながら、頭が痛くなるほど泣き続けていた。  

 

わたしはそうやって、 自分を見つめるもう一人のわたしの言葉に助けられ、支えられて生きてきた。  

それはわたしの「孤独」(※)という名前の友達だったのかもしれない。

 

もしも自分の子どもが「死にたい」って言ったら、あなたの「孤独」がきっとあなたを助けてくれる、だから大切に育ててね、って話すだろう。 

 

「わたし」が「孤独」とともに人生を歩む時、「わたし」の内側の秩序は摂理となって万物と一つに繋がる。豊かで、平和な世界の始まりだ。 

 

(※)lonelinesssolitude、英語で「孤独」を表す言葉は英語では2つあるが、日本語では1つなので、ここでは「孤独」をひとり遊び、ひとり時間を楽しむことを表すsolitudeの方とする。

 

週末、娘と映画『聲の形』を観た。2度目の視聴だった。

 

目に見えないプレッシャーに 押し潰されて、はみ出す不安。  

不安が、 不満に、 怒りに、なる。  

なぜ不安なのか、 自分自身だけが 知っている。 

それが分からずに誰かを傷つけ、誰かに傷つけられる。  

 

大人たちの無関心、無責任な態度の中で、登場人物のほとんど全員が傷ついていた。 

 

大人が環境から受けるストレスを、そのまま子どもたちが引き受けてそれをもてあましている。

子どもたちのSOSはそのまま大人のSOSなのかもしれない、そう思った。

  

 

4年生までは何度も娘の小学校に足を運んで先生と話をした。その結果、宿題無し、お弁当持参等等、娘は「皆んなと違う」まま、娘のペースで小学校に通った。

 

特に4年生は色んな学校行事を欠席し、たくさん学校を休んだので先生と会って話す機会が多かった。音楽会欠席、マラソン大会見学、1/2成人式欠席、CRT学力テスト欠席等等。

 

その都度、

「私も父親も兄も、どうして娘がそうしたいのかはよく分かりません。もしかしたら本人もはっきりしていないかもしれません。でも、家庭の教育方針として、娘が意思表示したことは理由が分からなくてもそのまま大事にしたいと考えています。学校でも、ゆっくり見守っていただけますか?」とお願いした。

 

担任の先生からは「おかあさーん、これ以上はもう公立小では無理ですよ」と言われながら、たくさんのフォローをしていただけた。

 

クラスメートには教室で一度、

「きっと、『どうしてみんなと同じじゃないの?』って聞きたくなることがたくさんあると思います。そういう時、『どうしてなんだろう?』って、よかったら考えてみてください。そうしたら、いつか答えが分かるかもしれないし、もしかしたらずっと分からないままかもしれない。でも、そういうモヤモヤして答えがすぐに出ないことを、人に聞かないでぜひ自分で考え続けてみてください」

とお話しした。

 

そして5年生になり、 「自分で話す」 ついに娘の口からこの言葉が! 学校生活で困っていることがあると打ち明けられた時のことだ。

 

「大変そうだったら、私が話そうか?」と言ったら、 「自分で話す」と力強い返事。 話をすることで問題を解決する。 やってみる前は「やっぱりそんなことできないかなあ」ってどこかでちょっと思ってて、ドキドキしていたそうだ。 「でも、やってみたらできるってわかった」

 

さなぎから脱皮して羽化した娘は、ちょっとイジワルをする子がいても 「オラわくわくすっぞ!(ドラゴンボール悟空風)って感じよ」 と、あるがままで生きる自由を小学校で満喫している。

 

顔つきが魔の2歳児から脱皮した頃と同じ印象に戻った。目力が強い。

 

「今日も大吉!すごく楽しかった!」と帰宅し、 朝は「行く度に良いことあるから学校ヤミツキ」と言って登校する。

 

小学校に入学して以来、慌てず、焦らず。学校に行く日も、行かない日も、いつもご機嫌で充実。

ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて自分の内側の秩序を一つ一つ丁寧に確かめて作ってきた。

 

娘の人生において、あるがままで生きて、そしてなるようになるという体験ができたことは大きな自信に繋がったようだ。

 

「わたしが毎日学校に通ってるなんてねえ!楽しいから目覚めも良いのよ」

 

5人に1人のお子さんがHSC。 HSPとHSPではない人が世界中に1:4の割合で混在している。

 

2016年,2017年,不登校支援の活動で出会った多くの保護者に「もっと早く、子どもが小さい時に HSCのことを知っていたかった!」と言われた。

 

私は、こう考えている。 ①各々がHSC・HSPの感覚を信じて表現する→②①を分かち合う→③誰もが居心地の良い空間を創造する。 ①~③を繰り返していくことで、HSPもHSPではない人も、多様な違いを認め合い、相互に補完し合える社会を創造する。

 

子どもたちがその性質を無理に変えるのではなく、特別な環境に居場所を求めるのでもない。

そういう方法もあるのだと知ってもらえたら、きっと子どもたちの選択肢を増やすことができると思う。

 

心配ない、大丈夫。

秩序は常に自分の内側にあり、世界はいつでも混沌としている。

 

 

                            もりやゆうこ HSC・HSP専門カウンセラー